第壱拾五話 撤退「さて…どう料理してあげましょうか」魔鞭『イクストラクター』を手にし、悪魔へと変貌したネビスが、じりじりとヴァンとロレッタとの距離を縮めていく。 「私に食らわせた傷…倍返しにして差し上げましょう!」 だが、鞭を振るおうとした刹那、ネビスのつけていた指輪から音声が漏れる。 今、ハイ・エンド・コロシアムにいるセルフォルスがつけているものと同じようだ。 楽しみを邪魔されたネビスは、鞭を下げ、誰の声かと確認をとったところ、それがクロードであることに気付いた。 「…ネビスだ、一体なんです?クロード様」 『こちらクロード、『ホロウサークルズ』の入手に成功した、今すぐ撤退するぞ』 「…何?」 冗談ではない、これからが楽しみで、しかも悪魔に変身までしたというのに、撤退とは… 一拍置いて、楽しみを始める最中を邪魔してしまったことを悟ったクロードが、いぶかしげな口調で告げる。 『ふ…どうやら、お楽しみを邪魔してしまったようだが、『ホロウサークルズ』の入手に成功した今、陽動の意味で襲撃したおまえ達も撤退しなければいけないのだ、理解してくれ」 陽動 という言葉に逆上したネビスが、指輪に向かって声を荒げる。 「陽動だと!?私と黒龍様はここの人間達の血が目的で襲撃させたのではなかったのか!?」 『…今回は、全て祖龍様の命令だ』 祖龍様の命令、と言われ、言葉を詰らせるネビス。 「モウヨセ、ネビス。祖龍様ノ命令デハ、逆ラウワケニハイカン。撤退スルゾ」 ネビスがまだ気に食わないというような表情をしていたが、それ以上反論することはせず、元の姿に戻ったネビスは黒龍の背に飛び乗った。 遠ざかっていく黒龍をにらみつけながら、ヴァン達はその後姿を見送っていた。 そんな外の状況に気付かないハイ・エンド・コロシアムでは、最後の対戦が繰り広げられていたが、もう終盤にさしかかっていた。 ファントムの強力な支援魔法『ファイヤーエンチャント』『ヘイスト』、火力であるランディエフの『パラレルスティング』『スウィングインフィニティー』の前に、今最後の1匹だったモンスター『ウィープウィドウZin』を切り裂き、勝利が決まった。 その最終戦の後、ランディエフ達は国王のもとに案内された。 国王は、ランディエフ達がハイ・エンド・コロシアムで戦っている最中、例の2人がここを襲撃してきたことを告げた。 「スウォームという奴…来ていたのか…」 「うむ、龍の姿をしていたが、仲間のランサーは確かにそう呼んでいたらしいな」 「ふむ…」 と、いうことは、あのスウォームとかいう龍人は、人間と龍どちらの姿にもなることができるということか、とファントムは考えた。そしてそいつに『仲間』がいるとなると、のちに被害は悪化することになる。 「では、シュバイツ様。今後、我々はその勢力の殲滅…ということになるのでしょうか?」 「そういうことになるな、ファントムよ。ただ…」 言葉を詰らせたシュバイツに、ファントムは聞き返す。 「ただ?」 「奴等の居場所がわからない今では、下手にうろついて火種を撒き散らされてもかなわん、そこで、おまえ達8人には天上界へいってもらう」 その言葉に、普段無表情で無口なランディエフが聞く。 「天上界…と申しますと?」 「天上界には、地上の状態を観察するのに、ある特殊な地上用の観測機があるらしいのだ、それを使わせてもらえば、奴等2匹を探すことなどたやすいだろう」 「ですが、天上界の天使達がそれを使わせてくれるのでしょうか…?」 「使用の件ならば、問題はありませんよ」 後ろで話を聞いていたアシャーが、軽く言った。 「前回の大戦後、私は天使長の次に位の高い『大天使』の座に入れられましたからね」 隣にいたラムサスが納得したような表情をする。 「そっか、メキジェウスって奴が死んだから、代わりにそこにアシャーが入ったってわけだな?」 「そのとおりです、ですから使用の件にはなんら問題はないです」 メキジェウス という名前を聞いて、ファントムは苦い表情になった。 ―自分は、あの天使に利用されていた、という事に改めて昔の自分を悔いる。 戦友を見殺しにされた憎しみのみを行動力に、古都ブルンネンシュティグを壊滅させようとしていた自分、そのままにしていれば、どれだけの犠牲を伴うか考えもせずに。 ファントムは、今後ろにいる仲間達に、改めて感謝した。 ジャンル別一覧
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